安心してね大丈夫だから

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忘れたころにやってきた今回の熊本地震。激しい揺れに飛び起きて、深夜にご近所さんと緊急避難。ラジオから聞こえる被害状況にとても心が痛みました。僕の住む小国町は奇跡的に被害も少なくインフラも安定していたものの、余震によるストレスが心配で実家の福岡大牟田に一週間ほど避難しました。

テレビからは深刻なニュースが映し出され、SNSでは救援活動が始まり、自分に何か出来ることはないだろうかと居ても立っても居られないそんな心境でした。実家は震源から50km程しか離れていないけど危機感に明らかな温度差があって、その温度差が逆に緊張した我々の心身をリラックスさせてくれました。避難中は天気も良かったので、両親と野菜の苗を植えたり、近所を散策したり、出来るだけ屋外の普通の時間を過ごすようにしました。そして非常持出袋を整備し、無事小国町に戻ってきました。
まだ余震はあるものの、掃除をしたり温泉に入ったりと小さな日常を過ごせることが何より幸せなことで、緊急で持ち出したいものって意外と少ないことに改めて気づきました。唯一連れて行けなくて心残りだったのは二匹の飼い猫たちかな。

今回被災した方々への復興支援で、子供達に積み木を送ろうという素晴らしい取り組みがあるので、微力ながらも制作しました。家を改修した際の廃材を利用しています。少しでも安心した日常を取り戻せますよう願ってます。

湯気のアンテナ三本立ってます

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僕たちが住まわせてもらっている山川集落には良質の温泉が湧いている。半世紀ほど前に集落のみんなで共同出資して一か八か掘ってみたところ、湯気が立ちあがり大人たちが飛び跳ねて喜んだ。今日がその温泉記念日で、僕にとっても特別な日となっている。

そんな温泉に毎日入っていると面白いことがある。裸になって湯船につかること数十分の間に何かしらの会話がうまれる。明日の天気のこと、種まき時期のこと、星祭のお知らせ、孫が帰ってくる、米に害虫がついた、サルが出た、どこぞの嫁さんが逃げた等々、それは他愛もないやりとりで、ウワサの類も多く飛び交う。ウワサの早さと情報の正確さは、地域のコミュニティーが健全な状態であることを計る指標となる。温泉は、光ネットを凌ぐ速度のヒューマンネットワークメディアとして機能している。そんなことを考えると、たとえ色々ウワサされたとしても、地域に(裸で)接続しているという意味で喜ばしいことだろう。

また、人と人の「関係」そのものには色も形もなくてなかなか掴みどころがないけれど、人と人の間を湯水で満たすと、波紋によってその「関係」が視覚化される。あなたが動けば波が立ち、私にやらゆらと押し寄せてくる。これはイメージだが、目に見えないものをフィジカルに把握するのに充分役に立つ。温泉の効用は心身のみならず、地域の関係もほぐしてくれているのかもしれない。ありがたや♨

森のスイッチ

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子供の頃、気付けば山をギザギザに描くようになった。大人になってそれは人工林の風景だったと理解した。あなたの住んでいる町の森林率は78%である。と言われても高いのか低いのかピンと来ないけれど、家の目の前にせまってくるスギ林と、丸太を満載して国道を走るトラックはよく見かける風景として馴染んできた。けれどもやっぱり、その風景を形成している生態系がいったいどうなっているのかモヤモヤしてピンと来ない。

さてそんなときは森に入って木を見よう。という訳で森を知るツアーに参加しました。
苗木の植林〜伐採の現場〜製材の地熱乾燥〜杉からアロマオイル抽出〜という「木の一生」をコマ送りで体感できるお腹いっぱいの内容でした。20mほどの真っすぐに伸びた杉の木に楔が打たれ、ゆっくりとスローモーションのように倒れ、ズーーーンという地響きと風圧のある重低音が森中に響き渡った時、「ちゃんとやろう」という心のスイッチが入りました。それは同じ生き物としての務めであり、住まわせてもらっている環境にしっかり定着して暮らし、いつの日か僕もギザギザの風景の一部になるというスイッチ。そういうものに私はなりたい。